ワン・クッション

6年前にアルツハイマー型認知症と診断され、要介護1との介護認定を受けながらも
介護サービスを利用しつつ、なんとかかんとか独り暮らしを続けている私の母。
実家から100キロ少し離れた所に住む私は、ほぼ2週間おきに母の様子を見に帰省します。

母は今さっき話したことや体験したことを、信じられないくらい見事に憶えていません。
ですから、壊れたレコードのように同じ話を幾度も繰り返し、同じことを何度も尋ねます。
それでも、イラッとする気持ちを抑えつつ、そこそこ上手く対応できていたのです…今までは。

しかし、ここ最近、イラッとする気持ちを持て余すようになってきて
同じ話を繰り返す母と向かい合うことが、きつく思えてきたのです。
「なんで?」と考えていたら…答えが見つかってしまいました。

そうです!かりんがいないからなのです。
母との会話や対応にイラついたとしても、そこに寝そべるかりんがいたり
かりんの世話をすることで、気持ちがリセットされていたのです。

かりんは、ギスギス・トゲトゲした私の心をふわっと受け止めてくれる
柔らかくて温かい【ワン・クッション】でもあったのです。

先々月からかりんの姿がないのに、まったくもって気づく様子のない母。
かりんがいたことすら忘れてしまったの?
それでも、「あれっ、かりんちゃんは?」の一言を期待してしまいます。

ワン・クッション」への9件のフィードバック

  • 2022年1月12日 11:55 PM
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    大きな大きな存在ですよね。
    いなくなってよりその存在感の大きさに
    気付いたりしますね。

    家の母なんて私が結婚してる事すら忘れて
    「はよあんたもええ人見つけや~」って言ってた時もあって(笑)
    でもそうかと思うと「〇〇くん、元気にしとるん?」って
    急に思い出したりしてた。
    あと、私の事ヘルパーさんと間違えとるんかな?って思う時もあったし。
    色々ありますよね。
    お母さまがかりんちゃんをそっと撫でてる写真。
    素敵な1枚ですね。

    返信
    • 2022年1月15日 2:24 PM
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      ふくねえさん へ

      大切な存在だとわかっていたつもりですが、実際にいなくなってしまうと
      その大きさに改めて気づかされますね。
      ただそこにいてくれるということが、どれだけ凄いことだったのか…と。

      ふくねえさんのお母さまも、すっかり忘れてしまっておられる時があったり
      ちゃんと憶えておられる時もあったのですね。

      私の母は最近の記憶がほぼ蓄積されないので、憶えていることと言えば
      かなり昔のことがほとんどです。
      私を育てた記憶(例えば、ご飯を作ったりしたこと)もないみたいです。(汗)
      でも、30数年前に豪雨災害で家を失ってしまった強烈な体験に関しては
      何度も何度も何度も、繰り返し話そうとします。

      しょっちゅう会っているせいか、私のことはしっかりわかるようですが
      年末に帰省した妹のことは、「どこのお姉さんかと思った」と言っていました。
      まぁ、たまにしか会えないので仕方ないのかもしれませんね。

      母はかりんのことが可愛くて可愛くてたまらないようで
      しょっちゅう、こうやって寝転がって同じ目線になり撫でておりました。
      かりんが亡くなったことは話しましたが、おそらく憶えていないでしょうね。

      返信
  • 2022年1月13日 1:24 PM
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    かりんちゃんの存在、大きいですね。
    ただそこにいるだけで、それだけですけど
    いろんなことのワンクッションになったり
    するんだから、体は小さくても大きな存在。

    親の介助や介護、多かれ少なかれ誰もが道ですよね。
    hakoさんのお話を聞いて私も、あんなこと
    あったな、こんなこともあったな、‥など等
    いろんな事を思い出しました。

    きっときっとかりんちゃんがそっと
    お母様を見守っていてくれてることでしょう。
    二週間毎の帰省、お疲れさまです。
    冬道の運転、どうぞお気をつけて・・

    返信
    • 2022年1月15日 2:33 PM
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      れんママさん へ

      かりんがいてくれることで、日々のちょっとした心のささくれなどは
      知らないうちに治っていたのだと改めて感じました。
      本当に、小さな身体で大きな役目を担ってくれていました。

      私たちの年齢になると、話題の多くが親の介護のことになります。
      自分の親ゆえに、腹立たしく思ったり優しくできなかったりすることもあって
      なかなかキツイものもあります。
      でも、介護するということは恩返しさせてもらえるということでもあるので
      あんまり頑張り過ぎないように、母と向き合っていこうと思っています。

      返信
  • 2022年1月13日 4:57 PM
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    hakoさん、かりんちゃん、こんにちは。
    本当にそうですよね。
    ただそこに居てくれるだけで、私たちの気持ちをどんなに穏やかに、柔らかにしてくれていたことでしょう!
    分かっていたつもりですが、失くしてみると、思っていた以上に大きな存在でしたよね。
    hakoさんの場合、お母様と接するお気持ちにまで影響をしていとは。
    改めて、16年間支えてくれたことに感謝ですね。

    お母様があれだけ可愛がっておられたかりんちゃんですもの、何かの拍子にきっとまたかりんちゃんのことを思い出してくださることと思います。

    返信
    • 2022年1月15日 2:46 PM
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      まるこ母さん へ

      そこにいてくれるだけで、こんなにも私たちの心を支えてくれていたのだと
      改めて強く感じています。
      いつも自然に寄り添ってくれていたことに、感謝の気持ちしかありません。

      母には、かりんが亡くなったことを一度だけ話しました。
      その時は、驚いた顔をして「まぁ…どこか悪かったの?」と言ってくれましたが
      次の瞬間には、もうすっかりそのことは忘れたようでした。
      「かりんちゃんは?」と何度も尋ねられたら、それはそれでキツイので
      これで良かったような気もしないではありません。

      しかし、年末に帰省した妹一家の猫を見て、「かりんちゃん!」と言いました。
      とりあえず、「かりん」という名前だけは頭の中に残っているようです。

      返信
  • 2022年1月15日 10:52 PM
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    かりんちゃんの存在って大きかったってことですよね。
    介護しているときには、気持ちのリセットができるのって大きいと思います。
    まして、hakoさんにとってはかりんちゃんは一緒に戦う戦士だったでしょうから
    よけいですよね。
    アルツハイマー型認知症、うちの父もそうだったので、つらさは良くわかります。
    なんで?って分かっていても感じてしまいました。
    ついつい声を荒げてしまう事もありました。
    そのたびに後悔もしましたが、それすらもすぐに忘れてしまうので、気にしなくなっちゃいました。
    そう考えると、ワンクッションがあった事は大きかったですよね。

    返信
    • 2022年1月16日 8:51 AM
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      yushipapaさん へ

      私の場合、母と一緒にいる時間は短いので、心身の逃げ場は充分にあるのですが
      それでも気持ちに余裕がない時はイライラしてしまいます。
      そんな時、ただそこにかりんがいてくれることで、どれだけ助けられていたか
      いなくなってから改めて感じています。
      かりんが介護状態になってからは、かりんの世話も大変ではありましたが
      それ以上のものがありましたから。

      yushipapaさんのお父さまも、アルツハイマー型認知症でいらしたのですね。
      話には聞いていても、実際に身近な家族がそうなってみないと
      なかなか実感としてわからないことは多いですよね。
      病気なのだとわかっていても、何度となく繰り返される質問や同じ話には
      参ってしまうというのが正直なところです。(苦笑)
      また、実の親だからこそ厳しい物言いをしてしまったりすることもありますものね。

      ワン・クッションがいなくなってしまった今。
      できるだけ自分の心に余裕を持てるよう、あまり気負わず頑張り過ぎないように
      母と向き合っていこうと思っています。

      返信
  • 2022年1月16日 3:57 PM
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    かりんちゃんの存在がいかに大きかったかつくづく思うことですよね。
    私は親の介護については、さほど苦労はしてませんが(どちらも病気で早かったので)、同じような経験はした者でなければ分からないことだらけでしょうね。
    100キロも離れているのなら余計気になってしかたないことでしょうね。
    気丈にもがんばってらっしゃるお母さまにも敬服します。
    かりんちゃんのことは、何かの拍子に頭をよぎっているかもしれませんね。

    素敵な虹です。
    舞亡きあとも大山インターのあたりで遭遇しました。

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